2017年05月21日

見えないエネルギーの世界 霊媒体質とエンパス

先日、お越しになったクライアントの方は、

たいへんエネルギーに敏感な方で、

普通は見えないものを見たり、感じたり

されているということでした。


たとえば、ご自宅の中を歩き回る足音がして、

それが小さな男の子らしい…とわかったり、


夜、枕元に誰かが立っていて、それが数日間続き、

ある日、突然いなくなっていたり、


このようなことを、日々、体験されているそうです。


霊感が強いとか、チャネラー体質、霊媒体質などと言われ、

五感を超えた感性が開かれているタイプです。


これを読んで下さっている方の周囲にも、

このような体質の方が、何人かは

いらっしゃるのではないでしょうか?


エンパス、霊媒体質の方が、

そうであることに気付いていないと、

なかなか大変なことになりがちです。


なぜこんなに疲れやすいのだろう…?

なぜ、このことに、誰も気付かないの…?


…ということもあるでしょうし、


明らかにわかっている(と思っていた)ことを言ってみたら、

周囲の人々に驚かれ、

怪訝な顔をされてしまった体験があるかもしれません。


この世界が、エネルギーで満ちていること、

目には見えない世界があるということが、

自明である方と、そうでない方がいる現状は、

どちらの立場であっても、もどかしくやり辛いことです。


体験しているリアリティの違いを超えて、

相手を受け入れ、尊重し合うというハードルを

難なく飛び越えていかれたら良いですね。


エンパス、霊媒体質の方が、

目には見えない世界があるということを受け入れて

ご自分の特性・資質に気付かれ、自覚されたならば、

お勧めしたいのは、

積極的にエネルギー世界・霊的世界を探求することです。


入り口まで行って、引き返してしまったら、

怖れや居心地の悪さだけが、残りかねません。


でも、自分の資質を知り、見えない世界を探求していけば、

エネルギーの扱い方が、だんだんわかるようになり、

物理次元の生活が、もっと過ごしやすくなるでしょう。


見えないエネルギーの世界と、物理的な世界とが、

本当にひとところにあって、混然としていることがわかり、

なじんでいくにつれて、

世界や宇宙に向かう意識が、

純化され、統合されていくかもしれません。


所詮、ここは、物理次元だから、

見えないエネルギーなんて、感じないほうがよい…

とお思いですか?


物理的な事象が、

どれほど見えないエネルギーの影響を受けているものか、

おそらく私たちのの想像を超えて、

相互作用が起こっているはずです。


むしろ、まず見えない想念や意図があって、

その後に、物理的な形態がやってくると言ってもよいでしょう。


心の中で何を思っていようと、

頭の中で何を考えていようと、

外側の世界や目の前の相手には、

あまり関係がない…


そう思うことが、次第に時代遅れの認識になる時が

すぐそこに来ているのかもしれません。


思いが瞬時に周りに伝わり、

思いが瞬時に具現化する状態になる前に、


やっておいたほうが良いことは、

たくさんあるような気がします。



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posted by lotusblue at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ヒーリングタイム

2017年05月11日

物理次元の社会の決まり事とレムリア

ヒーリングやセラピーの仕事と、

その準備や、お勉強、

スピリチュアルな探求のほかに、

物理次元の社会人には、

やらなくてはならないことがたくさんあります。


銀行の手続き、お役所の手続き、

確定申告、税金納付、

ドアノブの交換、フェンスの修理、

インターネット接続の不具合、

冬ものをしまう衣替え、

備品調達、不用品の廃棄、

掃除、洗濯、調理など家事全般、

庭の草取り、水やり、庭木の消毒…


このようなことは、すべて、

しなくてすむ…というものではなく、

大人であれば、

必ずこなしていかなければなりません。


ワークライフバランスという言葉がありますが、

こうした物理的な用事が立て続けに起こって

処理に追われる日々が続くと、

たいへん緊張し、消耗して、疲れます。


難なくこなす能力や資質をお持ちの方が、

羨ましくなります。


スピリチュアルな進化と、

こうした用事をこなす能力は、

全く関係がありません。


ですから、どちらもオールマイティだったら…

理想的なのですが…。


いろいろな手続きに明け暮れている最中、

ちょっと一休みしようと、お茶を飲んでいると、

レムリアのことが思い出されます。


レムリア…

それは、私にとって、

懐かしい故郷のような場所・時空。


直近の過去生がレムリアであったため、

うっすらとですが、記憶もあります。


レムリアの頃と同じ、

平和で、分離のないユニティの世界が、

再び地上に具現化しつつある今、

物理的な用事に取り組むことは、

やはり必要な学びなのでしょう。


念のために書いておきますと、

人類の歴史は、学校の社会科で習うように、

歴史年表の時系列に沿って

進んているわけではありません。


時間というものは、協同して社会生活を送る必要から、

人間が集合的に合意し合って

作り出しているものだということは、

既にご存じだと思います。


本当は、全ての瞬間が、今、ここに在るのです。


ですから、江戸時代の転生の次に、たとえば

大正時代の転生が続くかというと、そうではなく、

各転生と、人間の歴史のタイムラインは、

一致しているわけではありません。


なので、いちばん身近な過去生が、

レムリアだったということが起こるのです。


(私にとっては) 相当厄介な用事を済ませるために、

一日中、街中をめぐることがありますが、

どこへ行っても、とても丁寧な対応をしていただき、

いつも助けていただいています。


皆さん、親切で、有り難く思います。


そして、その素晴らしい適応力と

物理次元的なスキルに、敬服を致します。


振り返ってみると、若い頃のほうが、

こうしたことを、もっと楽にこなしていたし、

面倒とも思わなかったような…。


還暦が視野に入ってきて、

その頃よりも、今は、魂意識のほうに、

軸足が移されているのかもしれません。


社会の決まり事は、大切なこと。


ここ、地球にいる間は、

ここでしか学べないことを、

大切にしていきましょう。


posted by lotusblue at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月10日

自分を癒すと、人生が変わる

スピリチュアルな探求の道は、

「癒す」ことから始まりました。


自分癒す…と最初に聞いた時は、

何のことやら…?  という感じでしたが、


それがどれほど重要なことであるか、

言葉で表現できないほどのものだと

私は感じています。


「あなたがヒーラーだから、

セラピストだから、そう思うのでしょう?


そう思われるのは、自然な思考かもしれませんが、

そうではありません。


当時、ヒーラー・セラピストになろうなとどは、

一度も考えたことがありませんでした。


自分を癒すと、自分の周波数が変わり、

心身がともに健やかになっていきます。


すると、周囲の環境や世界が変わり、

出会う人々が変わり、

住む場所や興味をひかれる事物が変容していきます。


その結果、仕事も変わっていくのです。


自分を癒すことに費やした

時間とエネルギーとお金の総量は、

相当なものだと、振り返ってみて、

自分でもびっくりするのですが、


本当に、手あたり次第、

ありとあらゆる種類のヒーリング、セラピー、

ワークショップ、セミナー、スクールなどに通い、

先覚者が書いたたくさんの本を読み続けました。


何かに急き立てられるように、

どうしても前に進みたい気持ちに動かされて…


そして、数年経ったところで、いきなりシフトが起こって、

「ヒーリングやセラピーをする」という思いが出てきたのです。


スピリチュアルな探求は、今も続いています。


ここまでの道のりを振り返ると、

試行錯誤や、進路変更や、停滞があり、


誤った方向へ逸れてしまったり、

闇にうっかり近付いてしまったり、

利用されていることに気付いたり、


皆さんも、そうだと思うのですが、

平坦で楽な道では決してありませんでした。


今、ここも、途上です。


探求を始めた頃に比べると、

だいぶ余裕を持って、来た道を眺めているものの、


やはり大変な年月だった、

地球の学びは並大抵ではこなせないと

あらためて実感するばかりです。


これを読んでくださっているあなたも、

地球上の転生での、幾多の困難を

乗り越えられて来られたことでしょう。


ねぎらいの気持ちとエールを贈り、

称え合いましょう。


癒しという切り口から始まった探求と

スピリチュアルな進化。


最近の出来事では、韓国の朴大統領の一件に対して、

一人の人間として、まだ癒されていなかった心のすき間が、

あのような問題につながり、罷免に至ったのではないかと…


そういう見方も出来るのではないかと、

私は感じています。


大切な家族を失った悲嘆、寂しさ、孤独感、

本当は欲しかったものを得られず、

満たされない思いが、

身近な他者に向けられ、依存してしまったのではないかと…。


不正は不正で、同情の余地はありません。


けれども、似たようなことは、

どんな時代、どんな地域においても、

そこここで起こっていたし、今もあるのです。


自分を癒すことのはじまりは、

心の内側に何があるのかを、よく見てみること。


まだ癒されていない領域に気付くこと。


癒しを必要としている領域を無視しないこと。


そこに光を当てて、癒してあげられたら、

魂の本来の光がいっそう輝きを増して、

人生は驚くほど、変わっていくでしょう。


posted by lotusblue at 16:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 癒しと進化